シベリア鉄道

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シベリア鉄道

Транссибирская магистраль

シベリア鉄道はロシア国内を東西に横断する鉄道です。世界一長い鉄道(全長:9,297km)としても有名です。 シベリア鉄道とは別に、第二シベリア鉄道(バイカル・アムール鉄道、バム鉄道)もあります。

シベリア鉄道の画像



シベリア鉄道の動画





シベリア鉄道の路線図と地図


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ふきだしのキロ数はモスクワからの距離です。


シベリア鉄道とは

広義のシベリア鉄道の路線(赤)と、 バイカル・アムール鉄道(バム鉄道、緑)

シベリア鉄道シベリアてつどう、露:Транссибирская магистраль )はロシア国内を東西に横断する鉄道。全長は9,297kmで、世界一長い鉄道である。これとは別に、第二シベリア鉄道(バイカル・アムール鉄道、バム鉄道)もある。

目次

  • 1 概要
  • 2 歴史
    • 2.1 計画まで
    • 2.2 建設
    • 2.3 ソビエト時代
    • 2.4 ペレストロイカ後
    • 2.5 今後の展望
  • 3 建設の影響
  • 4 沿線の主要都市・主要駅
  • 5 主な列車
  • 6 使用車両
  • 7 シベリア鉄道の他国との関係
  • 8 シベリア鉄道に関連した作品
  • 9 関連項目
  • 10 脚注
  • 11 外部リンク
    • 11.1 旅行記

概要

9,288kmポスト(ウラジオストク)

正確にはロシア連邦中南部に位置するチェリャビンスク州のチェリャビンスクからシベリア南東部の沿海州にある日本海岸のウラジオストクまでの7,416kmの区間を指すが、一般的にはその他の路線も含めたモスクワ~ウラジオストク間9,297kmを指す事が多い。モスクワからシベリアまでは、従来はモスクワから北東へ向かうモスクワ~ヤロスラヴリ~キーロフ~ペルミ~エカテリンブルク経由の路線を使っていたが、2000年代以降はこれより南寄りのモスクワ~ウラジーミル~ニジニ・ノヴゴロド~キーロフ~ペルミ~エカテリンブルクの路線が使われる。さらに南寄りのモスクワ~ムーロム~カナシ~カザン~エカテリンブルクの路線、モスクワ~リャザン~サマーラ~ウファ~チェリャビンスクを経由する路線もありうる。「ロシア号」はモスクワのヤロスラヴリ駅を出発し、ウラジオストク駅まで約7日間をかけて走破する。

ロシア語では、モスクワ~ウラジオストクを結ぶ本線(広義のシベリア鉄道)を "Транссибирская магистраль"「シベリア鉄道」 と呼ぶほか、モンゴル国のウランバートル経由で北京まで結ぶ路線を "Трансмонгольская железная дорога"「モンゴル鉄道」 、中国東北部経由で北京まで結ぶ路線を "Китайско-Восточная железная дорога" 「東清鉄道」と呼ぶのが通例である。以上3つが更に広義のシベリア鉄道である。

航空機が登場する前は、日本とヨーロッパを結ぶ欧亜連絡運輸において最速の交通路でもあった。その後、第二シベリア鉄道と呼ばれるバイカル・アムール鉄道(バム鉄道)も建設された。

東洋と西洋をまたぐ路線であるために中国、北朝鮮、モンゴルとの直通運転がある。国境を越えると人種や文化、景色も大幅に変わる事を魅力と感じている人も多い。

歴史

計画まで

シベリアに鉄道を建設する案はモスクワ~サンクトペテルブルク間の鉄道が完成した後に既に生まれている。その最初のものの一つはイルクーツクとチタを結ぶ計画で、さらに鉄道をアムール川まで伸ばし、終点を太平洋沿岸に設けるというものだった。極東征服に熱心だったニコライ・ムラヴィヨフ=アムールスキーの指揮により、ハバロフスク周辺での鉄道敷設調査も行われた。

シベリア鉄道の地図(1897年当時の路線、ドイツで出版されたもの)

1880年以前、モスクワの中央政府はこれらの鉄道計画を無視していた。沿線であるシベリアの産業は弱く、収支のリスクもあり、官僚の理解も得られなかった。大蔵大臣イゴール・カンクリンは「ロシア全土を鉄道網で覆うという考えはあらゆる実現可能性を超えているだけではない。ペテルスブルグからカザンへの鉄道建設だけで数世紀かかるに違いない。」と書いている。

上記のイルクーツク・チタ鉄道計画はもともとアメリカ人企業家 W.コリンズの発案によるものである。しかし、政府はこれを拒否し、この計画に軽率にも理解を示したムラヴィヨフ=アムールスキーに対し警告を与えた。政府はシベリアにアメリカ合衆国およびイギリスの影響圏が鉄道を通じて及ぶことを防ごうとするようになった。

1880年までの間に、シベリアと太平洋を結ぼうという鉄道計画が多数提案された。全てが政府により却下されたが、なお許可申請を行おうという者も絶えなかった。またこれだけの計画がありながら、シベリアとロシア中央部を結ぶという計画はなかった。危惧した政府は、シベリアとモスクワを結ぶ計画に切迫した関心を示すようになった。

1880年、ロシア帝国のアレクサンドル3世は東アジアへの進出を目的としてシベリア横断鉄道計画の検討を始めた。路線選定は10年間をかけて行われた。結果、現在見るようなルートが定まったが、これ以外にも路線案はあった。

  • 南案: カザフスタン北部を通り、バルナウル、アバカンなど南シベリアを経由しモンゴルを抜ける案。
  • 北案: チュメニ、トボリスク、トムスク、エニセイスクなど現在のシベリア鉄道より北側の町を通り、現在のバイカル・アムール鉄道(バム鉄道)のルートに沿うか、あるいはヤクーツク経由で太平洋に出る案。
南シベリアの都市とシベリア鉄道本線の位置関係

鉄道技術者は上層部から示される経費節減案、例えば大河を渡る際に橋の代わりにフェリーを用意し、交通量が多くなれば橋を造るなどの案に対して抵抗した。技術者たちは途切れる箇所のない鉄路建設案にこだわり、これを守り抜いた。

かつて拒否された数多くの私設鉄道案は、既にある街を繋ぎながら地方内の物流や通行も提供しようというものだった。しかし、政府によるシベリア横断鉄道は違った。地方内交通には優先度を置かず、地主たちとの摩擦や経費増大を招かないようなルート選定を優先し、既にある町同士の交通に対しては道路建設で代替しようとした。シベリア最大の町だったトムスクはシベリア鉄道建設では不運なことにルートから外された。トムスク付近のオビ川沿岸地帯は湿地帯であり橋を架けるには不向きで、ルートはトムスクの南70kmにずらされ、オビ川渡河地点にはノヴォニコラエフスク(現在のノヴォシビルスク)の街が作られた。トムスクには盲腸線となる支線が本線上のタイガから繋がったに過ぎず、シベリア鉄道による交通や交易の中心となる機会は奪われてしまった。

ウスリー川付近での建設の様子(1895年)

横断鉄道は、少ない乗客や麦の輸送など、当面の地方交通を満たす程度の能力で建設された。低い速度と積載可能な重量の少ない列車は、ヨーロッパと東アジアを結ぶという当初の役割を果たせないものだった。これは後に日露戦争の際、軍関係の輸送のために地方の物流が犠牲になる結果を招いている。

一方で、完成すれば大量の兵士や武器をヨーロッパからアジアに即座に輸送できるシベリア鉄道の着工は、ロシアとグレート・ゲームを繰り広げながら清やインドで勢力圏を広げつつあったイギリスに大きな衝撃を与えた。ロシアが鉄道で中国や極東に大軍を派遣できたとすれば、船に頼るイギリスは兵力でも速度でも後手に回ってしまう。東アジアにおける制海権を握るイギリスもロシア軍を抑えることができず、中国やインドにおけるイギリスの優位も覆る可能性があった。

建設

アムール鉄道(アムール川北岸の国内線)工事に従事する囚人たち、20世紀前半
ペルミ付近でカマ川を超える鉄橋(1910年代撮影)

1891年に建設を開始し、露仏同盟を結んでいたフランス資本からの資金援助を受けながら難工事を進めた。軌間は1524mm(後に1520mmに改める)の広軌を採用した。これには、「1435mmの標準軌を採用した欧州と同じにするとナポレオンのような侵略者に使われれば脅威になると考えた」「皇帝の招いたアメリカの技術者が広軌論者だった」など、さまざまな説がある。

建設はアメリカ横断鉄道同様、路線の両端から開始された。東の終点のウラジオストクからはウスリー川に沿ってハバロフスクまでの鉄道、ウスリー鉄道がまず建設された。西では1890年、ウラル川を超える橋が完成し、鉄道がヨーロッパ・ロシアを過ぎてアジアに到達した。オビ川を渡る橋は1898年に完成し、1883年に鉄道建設に先立ってオビ川沿いに建てられたノヴォニコラエフスク(現在のノヴォシビルスク)の小さな町はシベリアの中心として巨大化してゆく。1898年、最初の鉄道がイルクーツクおよびバイカル湖畔に達した。ウスリー鉄道は1897年に完成し、ハバロフスクからアムール川、シルカ川を超えて西への鉄道も建設されていった。

サハリンなど各地に流されていた受刑者やロシア軍兵士が鉄道建設に従事した。イルクーツクから60km東にある長さ640km、深さ1600mのバイカル湖が、沿線最大の障害物となった。バイカル湖の南端を迂回する支線が完成するまでの間、夏はイギリスから購入した砕氷船を使ったフェリーによる連絡、冬は湖上に線路を敷いて列車を走らせた。1901年、バイカル湖の区間を除いてシベリア鉄道は一応完成、日露戦争の最中1904年9月にようやく全線開通した。

なお、1896年にロシア政府は清国政府から、シベリア鉄道の短絡線として満州(現在の中国東北部)の北部を横断し、ハルビン(哈爾浜)などを経由する東清鉄道の敷設権を得た。当初は1903年に完成した東清鉄道がシベリア鉄道のルートだったが、その後アムール川北岸(左岸)を迂回してハバロフスクを経由する国内線を1916年に完成させ、現在のルートが完成した。

ソビエト時代

世界最初期のカラー写真の一つ。 シベリア鉄道は政治的・経済的・軍事的に重要な路線であり続けた。 1918年にはロシア革命後に本国移送中のチェコ軍団が沿線を占領し、その救出を理由にして日本などのシベリア出兵が起こった。日本は現地の反革命軍(白軍)などと協力して1922年までイルクーツク以東の沿線を占領し、極東共和国成立などの事態が起こった。その後第二次世界大戦が開始されるまでは、アジア~ヨーロッパの連絡輸送の一環としての役割を担った。例えば1935年当時だと、東京~パリ間は航路で約40日を要していたが、この鉄道と朝鮮総督府鉄道・南満州鉄道を使う(下関・釜山・哈爾浜・満州里・チタ経由)と15日で到達する事ができ、当時の最速ルートとなった。ただし、通過ビザの取得が難しかったことからシベリア鉄道の利用はやや難しく、太平洋航路でシアトルに出て、アメリカ大陸を横断後、ニューヨークから大西洋航路で欧州に向かうのがメインルートだった。この場合、ロンドンやパリまで約20~25日程度の行程となる。

一方、ソビエト連邦(ソ連)にとってもこの鉄道は重要で、特に1930年代以降はスターリンの独裁により追放された多くの国民がこの沿線で強制労働に従事し、シベリア開発のために酷使された。また、第二次世界大戦末期の1945年には、5月の独ソ戦勝利から8月の対日宣戦布告までの短期間に大量のソ連軍(赤軍)を輸送する事に成功し、ここで得られた日本軍の捕虜も強制労働に投入された(シベリア抑留)。

第二次世界大戦後も路線の重要性は変わらなかったが、ソ連は太平洋艦隊の軍港であるウラジオストクへの外国人立ち入りを禁止したため、1956年に国交が回復した日本との貿易や、シベリアを横断する外国人の往来には、ウラジオストクの東側にある商港ナホトカが利用され、シベリア鉄道からは支線を利用する事になった。外国人乗客はロシア号の乗車がモスクワ-ハバロフスク間に限定され、ハバロフスク-ナホトカ間は連絡列車を利用した。

航空路の発達により旅客ルートとしてのシベリア鉄道の重要性は低下したが、貨物取扱量は冷戦時代でも年々増加した。また、1984年にはシベリア鉄道の北側にバム鉄道が全通し、シベリア開発の両輪となった。

ペレストロイカ後

1985年にミハイル・ゴルバチョフがソ連の最高指導者となり、ペレストロイカを断行したが、経済的な混乱は拡大した。また、設備更新の停滞などもあり、シベリア鉄道の輸送力は低下した。1991年の連邦崩壊後はロシア号の運行が毎日から隔日に削減されるなどの影響を受けている。

1992年1月にウラジオストクが対外開放されたため、外国人旅客も全線の乗車が可能となった。

1929年に始まった電化工事は2002年に全線で完成し、列車の積載量は6,000tにまで大きく増加した。また複線化工事なども継続している。

今後の展望

クラスノヤルスク駅

シベリア鉄道はアジアとヨーロッパを結ぶ重要な交通路の一つである「シベリア・ランドブリッジ」の中核であり、空路を除くと最短・最速の北東アジア-欧州連絡ルートである。実際シベリア鉄道を利用して貨物輸送を行うと、海路と比較するとかなりの時間短縮を図れる。

例えば北京からハンブルクまでは、輸送が順調な場合は海路の半分の日数である15日で到着する[1]。東京からサンクトペテルブルク間を海路の場合約40日程度かかるが、ウラジオストクからシベリア鉄道を利用した場合、同区間を約25日程度で輸送できる[2]。そのため、日本の商社や製造業、ドイツ鉄道をはじめとするヨーロッパの鉄道会社が興味を示しており、シベリア鉄道を管轄する国営ロシア鉄道やその関連企業との業務提携を積極的に進めている[3]。2008年1月には、中国・モンゴル・ロシア・ポーランド・ドイツの各鉄道会社が中国=ドイツ間のコンテナ貨物輸送で協力することが発表された[4]

しかし余りにも長大な路線であるため、その近代化は未だ途上段階にあり、車両や機関車、設備の老朽化が進み、貨物輸送の定時性や安定性が保てるかどうか、さらに海路と比べて割高である点をどう解決するかが、今後の課題である。またロシアの政治・経済的安定性にも不安が残っている。

ソ連崩壊後は全区間乗車可能となり世界中から観光客が急増し内装もいっそう豪華になり客車はさまざまな塗装に塗り替えられている。詳細は後述にある。

建設の影響

シベリア鉄道の建設の結果、シベリアからロシア中央部やヨーロッパ諸国へ農産物を輸送できるようになり、シベリアの農業は一大発展の機会を得た。その効果は鉄道沿線のみならず、河川交通を通じて鉄道につながる地域にも及んだ。たとえばアルタイ地方はオビ川の舟運とシベリア鉄道を経由して小麦を輸出できるようになった。

シベリア鉄道の電気機関車

シベリアの農家が安い穀物をヨーロッパに輸出するようになった頃、ロシア中央部の農業は、アレクサンドル2世による1861年の農奴解放令後の経済的な圧力でいまだに混乱していた。このため、ロシア中央部を守り社会的な不安定が起こるのを防ぐため、1896年に政府はチェリャビンスクを通過する穀物に関税障壁をつくるためのチェリャビンスク関税区間 (Челябинский тарифный перелом) を設置し、同様の障壁を満州側にも設置した。この措置はシベリアの輸出産品を大きく変えた。アルタイ、ノヴォシビルスク、トムスクには穀物を加工する製粉所が多く設立され、農場はバター生産に路線を変更した。1896年から1913年まで、シベリアは毎年平均で501,932tの小麦粉などを輸出した。

シベリア鉄道は21世紀の現在もロシア国内の最も重要な輸出路であり続けている。ロシアの輸出に関わる輸送の30%はこの鉄道が担っている。多くの外国からの旅行者を惹きつける一方、国内の旅客輸送の重要な一部でもある。

シベリア鉄道は毎年2万個のコンテナを経済成長が著しい東アジアからヨーロッパに輸送し、そのうち8,300個は日本からの輸出品を運んでいる。これは日本からヨーロッパに船などで運ばれる一年当たり36万個のコンテナに比べれば非常に少ない数であり、コンテナ船の大型化やスピードアップ、ソ連崩壊後の鉄道の混乱などの結果シベリア鉄道を経由する比率は落ちている。しかしかつては船より速い輸送路として定評があり、ロシア経済の伸長に伴い、今後の日本や中国との間の輸出入の経路として再び注目されている。経済成長が著しい『BRICs』のロシアでは日本車の需要が高まっており、日本の自動車会社の現地生産が始まったため、自動車部品輸送の手段にシベリア鉄道が検討されている。2008年からマツダ自動車が国産自動車を鉄道で輸送を始め、トヨタ自動車も部品輸送を2009年から始める予定である。鉄道輸送の需要や成長の可能性はあることから、ロシア運輸省は鉄道を通じたコンテナ輸送を年10万個にまで増やす計画を進めている。そのためにも、ボトルネックとなっている単線地区を複線化することが必要とされている。

沿線の主要都市・主要駅

ノボシビルスク駅
  • シベリア鉄道の主要駅一覧
  • 本線上 モスクワ-ニジニ・ノヴゴロド-キーロフ-ペルミ-エカテリンブルク-チュメニ-オムスク-ノボシビルスク-クラスノヤルスク-タイシェト-アンガルスク-イルクーツク-ウラン・ウデ-チタ-ハバロフスク-ウスリースク-ウラジオストク
  • 近隣都市 ヤロスラブリ(2001年まではロシア号が停車)、チェリャビンスク、ブラゴヴェシチェンスク、ナホトカ
  • 関連 - 満州里、ハルビン
(バム鉄道の沿線都市は当該項を参照のこと)

主な列車

「ロシア号」
ウラジオストク駅
  • 1・2列車「ロシア号」 ウラジオストク~モスクワ間を走る、シベリア鉄道の代表列車。
    • 所要:モスクワ行き6泊7日、ウラジオストク行き7泊8日 隔日運行
    • なお、週1本は平壌・清津(北朝鮮)から国境のハサンを越えて来た車両をウラジオストク~ハバロフスク間のウスリースクで併結し、これが世界最長距離運転の列車となる(モスクワ行き8泊9日、平壌行き9泊10日、走行距離10,214km)。世界最長距離列車はモスクワ発毎月11日と25日の「ロシア号」にウスリースク駅まで併結され、超長距離であるために月2回のみの運行。
  • 5・6列車「オケアン(大洋)号」 ウラジオストク~ハバロフスク間。
    • 所要:1泊2日(夕刻発~翌朝到着) 毎日運行
    • オケアン号の全停車駅はシベリア鉄道の主要駅一覧#ウスリー線(ハバロフスク~ウラジオストク)を参照のこと。
  • 19・20列車「ヴォストーク(東方)号」 北京(中国)・平壌~瀋陽~満州里~チタ~モスクワ間 かつての日本からの欧亜連絡ルートをたどる国際列車。ロシア客車。
    • 所要:モスクワ行き6泊7日、北京・平壌行き7泊8日 週1本運行
  • 9・10列車「バイカル号」 イルクーツク~モスクワ間。
    • 所要:モスクワ行き3泊4日、イルクーツク行き4泊5日 隔日運行
  • 25・26列車「シビリャク(シベリア人)号」 ノボシビルスク~モスクワ間。
    • 所要:2泊3日 毎日運行
  • 7・8列車 ウラジオストク~ノボシビルスク間 「ロシア号」との交互運行列車。
    • 所要:ノボシビルスク行き4泊5日、ウラジオストク行き5泊6日 隔日運行
  • 3・4列車 北京~ウランバートル(モンゴル)~ウラン・ウデ~モスクワ モンゴル経由の国際列車。中国客車。中国・モンゴル・ロシアと異なる文化をもった3か国を通過するエキゾチシズムに富んだ路線であるため、欧米の観光客に大変人気がある。欧米の「シベリア鉄道」ガイドブックはこの路線を中心に記述している場合が多い。
    • 所要:モスクワ行き5泊6日、北京行き6泊7日 週1本運行 3・4列車のシベリア鉄道本線内の全停車駅はシベリア鉄道の主要駅一覧#本線を参照のこと。
  • 5・6列車 ウランバートル~モスクワ間 上記3・4列車と交互運行。モンゴル客車。
    • 所要:モスクワ行き4泊5日、ウランバートル行き5泊6日 週1本運行
  • 53・54列車 ウラジオストク~オムスク~ハリコフ(ウクライナ)間 世界第2位の長距離列車。ウクライナ客車。
    • 所要:ハリコフ行き6泊7日、ウラジオストク行き7泊8日 隔日運行
  • 113・114列車 ノボシビルスク-ベルリン(ドイツ)。ドイツ客車。
    • 所要:4泊5日(113列車)、5泊6日(114列車) 週1本運転

使用車両

ロシア号などの特急列車を除く一般的な列車に連結される二等寝台車
モスクワ市内のヤロスラヴリ駅に停車中のエレクトリーチカ
  • シベリア鉄道沿線は氷点下50℃にもなる極寒であるためにロシア国内の列車だけでなく他国からの国際列車も耐寒の車両が使用され、石炭ストーブが備わっている。これは技術が遅れているわけではなく、万一極寒の地で故障したら生死にかかわるためである。僻地、過疎化が進んでいる街を通るために需要のためか列車は垂れ流し式トイレなので停車中には使用はできない。
  • 普通列車はエレクトリーチカや客車を使っておりソ連崩壊後は塗装も様々である。シベリア鉄道沿線は僻地であるためか新型車両の導入が少ない。主にЭР2が使用される。
  • ロシア号はロシア国旗の塗装であり、週に一度は北朝鮮の緑色車両が1両だけ連結され、金日成・金正日バッチをした北朝鮮兵士が乗っていたようである。今は北朝鮮車両は線路整備悪化でハサンまでの運用と推測される。
  • バイカル号・オケアン号はロシア号よりも内装がよく、塗装も独特的である。
  • 北京モスクワの満洲里経由の国際列車はこれまでロシア国旗の車両だったが、2008年から臙脂色の車両が登場し、新型車は従来どおり北朝鮮列車と連結運転も可能であり、シャワーやテレビもついているなど首都を結ぶだけあって内装も豪華である。また車体に中国語・ロシア語で『北京-モスクワ』など描かれていてまた平壌やイルクーツク、チタへ行く車両もそれらの行き先が描かれている。
  • 北京モスクワのモンゴル経由の国際列車は中国の緑色車両が使用されモンゴル・ロシアの旧塗装に酷似している。中国語・ロシア語・モンゴル語の表記のサボがある。
  • ウランバートルからモスクワ行きはモンゴル車両であり、北京モスクワの国際列車が走らない日に同じダイヤで運行される。
  • シベリア鉄道は旧ソ連の影響で地味な印象が強いものの、最近では様々な塗装の車両が導入されており、海外と直通運転している事もあり、種類は豊富である。一部の区間では中国・北朝鮮・モンゴル車両がドイツ・ポーランド・ベラルーシ・ウクライナからの車両が直通運転する区間と重なる。つまりアジアとヨーロッパの車両が同じ線路を走る事になり、超広大な国ならではの楽しみでもある。
  • 『Golden Eagle Trans Siberian Express』という豪華寝台特急が走っており、モスクワ~ウラジオストックを15日かけて途中で降りて観光しながらウランバートルを経由する。ただしかなりの高額である。
  • ЭП1などが主にシベリア鉄道の長距離列車の機関車に使用される。ВЛ10は貨物列車に使用される。

シベリア鉄道の他国との関係

シベリア鉄道はドイツ、ポーランド、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタン、モンゴル、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国と国際列車を直通運転している。広大なロシアを走るために国際列車もヨーロッパとアジアにまたがって運行する列車が多い。

近年ロシアで日本車の需要や中国の経済成長でシベリア鉄道の貨物の需要が高まっており、中国とドイツを結ぶ初の貨物列車「北京-ハンブルク コンテナ特急」が運行された。

1988年に日本へのオリエント急行の輸送でシベリア鉄道が利用された。ゴルバチョフのペレストロイカで冷戦末期だったために西ドイツ、東ドイツ経由が許された。

BRICsのロシア、中華人民共和国とNEXT11の大韓民国は直通運転を試みているが、北朝鮮が直通運転の障壁であり、メドヴェージェフ大統領と李明博大統領は対北朝鮮政策やシベリア開発を会談した。

北京ーモスクワ行きは2種類存在しており、1つはウランバートル経由の中国車両で緑色の車体、もう1つは満州里経由のロシア車両であり、臙脂と白色の新型客車で内装はかなり豪華である。ロシア・モンゴルと中国・北朝鮮は線路の幅が異なるため国境付近で台車ごと交換する。また国ごとに食堂車は付け替えられる。つまり中国、モンゴル、ロシアの食事が楽しめる。 ちなみにこの北京-モスクワは旧ソ連時代から走っており、中ソ対立で関係が悪くなっても運休することなく走っていた。

中国と直通があるシベリア鉄道の駅名は中国語で基本的にそのまま当て字が多い。例えば、符拉迪沃斯托克=ウラジオストック、赤塔II=チタII、泰謝特=タイシェトなどとなる。満洲里の隣の駅のザバイカリスク駅は「后貝加尔」と中国人に読みやすくするための短い当て字であり、ノヴォシビルスクはロシア語で「新しいシベリア」という意味であるため中国語では「新西伯利亜」という漢字に合った当て字であり、中国語の当て字の難しさを伺わせる。

世界最長距離列車は前述の「ロシア号」モスクワ~ハサン~平壌の列車だったが、経済的に貧しい北朝鮮国内での線路整備の悪化で、北朝鮮区間の運行は打ち切られた。ただし海外サイトではつい最近でもロシア号に連結されている1両編成の北朝鮮客車がロシア語・朝鮮語の「平壌-モスクワ」というサボを掲げながらロシアのハサンまで走っており、そこから平壌行きの北朝鮮車両が接続していると推測される。北朝鮮の金正日総書記も飛行機利用を避け、シベリア鉄道を経由してモスクワまで特別列車で訪問したことがある。

53・54列車のハリコフ(ウクライナ)~ウラジオストクの列車が9657kmの現在運行中の世界最長距離列車でウクライナ車両(ウクライナ国旗色)を使用しており、極東ロシアではるか東欧のウクライナからの客車が見られる。

しかし国際列車が走っているにも関わらずシベリア鉄道沿線の駅名版などには英語表記がないため、ロシア語の会話集とシベリア鉄道の旅行ガイドブックがなければかなり苦労する。また車掌も乗客も英語が話せない人が多い。

日本は樺太と朝鮮が統治下だった頃はロシアとは陸で繋がっており、朝鮮からシベリア鉄道経由で欧州行国際列車が走っていた。また太平洋戦争終結までは、日本各地から朝鮮・中華民国、そして欧州のローマ・ロンドンに至るまでの国際連絡運輸が行われており、それら各地への切符を主要駅で買う事ができた。松岡洋右外相は日ソ中立条約を結びシベリア鉄道で帰京する際には、スターリンに駅頭で見送られた。

シベリア鉄道に関連した作品

ドキュメンタリー
  • NHK特集 名作100選 『シベリア鉄道~9,000キロ8日の旅~』(1982年) ※ 前編・後編の2巻構成。
映画
  • 『シベリア超特急』シリーズ
アニメ
  • 『OVERMANキングゲイナー』
  • 『BLOOD+』
書籍
  • 『地球の歩き方A32 シベリア&シベリア鉄道とサハリン』
  • 『シベリア鉄道9400キロ』宮脇俊三
  • 『気まぐれ列車の時刻表』種村直樹
  • 『いつかモイカ河の橋の上で』中野吉宏
  • 『シベリア鉄道殺人事件』西村京太郎
  • 『ロシアの鉄道』秋山芳弘
  • 『シベリア鉄道』藤原浩
  • 『シベリア鉄道9300キロ』蔵前仁一
  • 『女三人のシベリア鉄道』森まゆみ
  • 『さらばシベリア鉄道』大瀧詠一/太田裕美
  • 『走れシベリア鉄道』「平島勉」
  • 『シベリアン レイルロード』「巽」

関連項目

  • シベリア
  • グレート・ゲーム、南下政策
  • 外満州、日英同盟、日露戦争、英露協商
  • バイカル・アムール鉄道(バム鉄道)、アムール・ヤクーツク鉄道(アヤム鉄道)、トルキスタン・シベリア鉄道
  • 大陸横断鉄道、アジア横断鉄道
  • オームリ - バイカル湖で売られている。
  • 歴史的観点
    • 朝鮮総督府鉄道
    • 南満州鉄道
  • シベリア鉄道と直通運転を行う鉄道
    • 中華人民共和国の鉄道
    • 京哈線・浜洲線(北京~満洲里)
    • 朝鮮民主主義人民共和国の鉄道
    • モンゴルの鉄道
    • 中露国際列車
    • ウクライナの鉄道
    • シビリャク(Sibirjak、ドイツからの直通列車)
  • 欧亜連絡運輸について
    • 連絡運輸
  • 対抗鉄道計画
    • 大東亜縦貫鉄道
    • ロシアの電気機関車

脚注

  1. ^ China-to-Germany Cargo Train Completes Trial Run in 15 Days - bloomberg
  2. ^ Mitsui talking to Russian railway operator on trans-Siberian freight service
  3. ^ 『秋田魁新報』 2007年10月23日
    『日本経済新聞』2007年10月18日
    『西日本新聞』 2007年10月22日
  4. ^ Beijing to Hamburg fast cargo rail link planned - China Post

外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
  • 北京-モスクワ 第3/4 国際列車
  • ウスリースク経由の平壌ーモスクワの列車の写真
  • 車窓風景の動画
  • シベリア鉄道~広大な大地を駆け抜ける 激動のロシア~
  • BRICs辞典 シベリア鉄道での旅行について
  • シベリア鉄道 オケアン号
  • The Trans-Siberian Railway: Web Encyclopedia
  • Global Stroll's Trans-Siberian Railway.
  • Guide to the Trans-Siberian Railway by [1].
  • Transportation Overview in the Khabarovsk Krai Region of Russia from U.S. Department of State
  • Map
  • For timetables, see Travel planner of German Railways (covers Europe, as well as at least each branch of the Trans-Siberian Railway) and time-table with distances (pdf); note that Moscow time applies for railways throughout Russia.
  • Travel Planner for Trans-Siberian, Trans-Manchurian and Trans-Mongolian Railways with real time train schedules
  • The site about railways in C.I.S. and Baltics
  • Guide to the Great Siberian Railway (1900)
  • Google Earth Trans-Siberian Railway placemarks and path
  • From London to Japan by train and ferry
  • [2]

旅行記

  • From Ulaanbaator to Moscow
  • The Australian Broadcasting Corporation's Moscow correspondent writes a travel blog about her trip on the Trans-Siberian.


シベリア鉄道の主要駅一覧とは

シベリア鉄道の主要駅一覧(シベリアてつどうのしゅようえきいちらん)はシベリア鉄道の主要駅等を一覧化したものである。

目次

  • 1 本線
    • 1.1 モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ノヴォシビルスク
    • 1.2 ノヴォシビルスク~ウラン・ウデ
    • 1.3 ウラン・ウデ~スコヴォロジノ
    • 1.4 スコヴォロジノ~ハバロフスク
    • 1.5 ウスリー線(ハバロフスク~ウラジオストク)
  • 2 支線
    • 2.1 トムスク方面への支線
    • 2.2 ナホトカ支線
  • 3 脚注
  • 4 参考文献
  • 5 外部リンク

本線

モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ノヴォシビルスク

駅  名





3

4















所 在 地 接 続 路 線

備  考
ヤロスラヴリ駅 0 モスクワ モスクワ地下鉄コムソモーリスカヤ駅、レニングラード駅(en)
ウサット駅(ru) 121 ※このあたりまでモスクワ時間。
ペトゥシュキー駅(ru) 145 ペトゥシュキー ※ここまでモスクワ鉄道局管轄。
ウラジーミル駅 210 ウラジーミル
ジェルジンスク駅 427
ゴーリキー・モスコフスキー駅(ru) 461 ニジニ・ノヴゴロド
シャフーニャ駅 701
コテリニチⅠ駅 830 コテリニチ
チュフロミンスキー駅 910
キーロフ駅 917 キーロフ
グラゾフ駅 1125
バレズィノ駅 1154
(カマ川渡河) (1391)
ペルミII駅 1397 ペルミ
(オベリスク) (1737) ※ヨーロッパとアジアの境界
スヴェルドロフスク駅 1778 エカテリンブルク
チュメニ駅 2104 チュメニ
イシム駅 2393 イシム市(en)
(イシム川渡河) ※イシム駅を出た直後
ナズィヴァエフスカヤ駅 2527
(エルティシ川渡河) ※オムスク駅の直前
オムスク駅 2676 オムスク
タタールスカヤ駅 2845 タタールスク(en)
バラビンスク駅 3000 バラビンスク
チュルィムスカヤ駅 3171
(オビ川渡河) ※ノヴォシビルスク駅直前
ノヴォシビルスク駅 3303 ノヴォシビルスク トルキスタン・シベリア鉄道

●:すべての列車が停車  ○:一部の列車が停車 |:通過  

  • 「ロシア号」(1・2列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ウラジオストク間。上記停車駅は2006年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 3・4列車 モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ウラン・ウデ~ウランバートル(モンゴル)~北京駅(中国)間。上記停車駅は2006年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 「ヴォストーク号」(19・20列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~チタ~満州里(中国)~北京駅(中国)間。上記停車駅は外部リンク1.のサイトを参考に作成。
  • 「バイカル号」(9・10列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~イルクーツク間。上記停車駅は2006年10月現在。参考文献1.を参考に作成。
  • 「エニセイ号」 (55・56列車)モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~クラスノヤルスク間。上記停車駅は2006年10月現在。参考文献1.を参考に作成。

ノヴォシビルスク~ウラン・ウデ

駅  名





3

4















7

8

所 在 地 接 続 路 線

備  考
ノヴォシビルスク駅 3303 ノヴォシビルスク
タイガ駅(ru) 3532 タイガ (市) トムスク方面への支線(ru)
マリインスク駅 3680 マリインスク(en)
チャジン駅 3740
ボゴトル駅 3813 ボゴトル(en)
アチンスクI駅 3881 アチンスク レソシビルスク(en)方面、アバカン方面
クラスノヤルスク駅 4065 クラスノヤルスク
(エニセイ川渡河) ※クラスノヤルスク駅とエニセイ駅のほぼ中間
エニセイ駅 4071 ディヴノゴールスク方面
ズロービノ駅 4078 ※「ロシア号」の旧停車駅
ザァオジョールナヤ駅 4231 ザオゼルヌイ(en)
カンスク・エニセイスキー駅 4312
イランスカヤ駅 4344 イランスキー(en)
レショトゥィ駅 4420
タイシェト駅 4483 タイシェト バム鉄道
ニジニウディンスク駅 4647 ニジニウディンスク(en)
トゥルン駅 4763 トゥルン(en)
クイトゥン駅 4842
ジマ駅 4902 ジマ(en)
ザラリ駅 4957
チェレムホヴォ駅 5022 チェレムホヴォ(en)
ウソリエ・シビルスコエ駅 5085 ウソリエ・シビルスコエ(en)
アンガルスク駅 5113 アンガルスク
イルクーツク・ソルト駅 5145
イルクーツク駅 5153 イルクーツク
スリュジャンカI駅 5279 スリュジャンカ バイカル湖岸鉄道
ウラン・ウデ駅 5609 ウラン・ウデ ウランバートル経由北京方面

●:すべての列車が停車  ○:一部の列車が停車 |:通過  

  • 「ロシア号」(1・2列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ウラジオストク間。上記停車駅は2006年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 3・4列車 モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ウラン・ウデ~ウランバートル駅(モンゴル)~北京駅(中国)間。上記停車駅は2006年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 「ヴォストーク号」(19・20列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~チタ~満州里(中国)~北京駅(中国)間。上記停車駅は外部リンク1.のサイトを参考に作成(全停車駅を掲載)。
  • 「バイカル号」(9・10列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~イルクーツク間。上記停車駅は2006年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 「エニセイ号」 (55・56列車)モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~クラスノヤルスク間。上記停車駅は2006年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 7・8列車 ノヴォシビルスク駅~ウラジオストク駅間。上記停車駅は外部リンク1.のサイトを参考に作成。

ウラン・ウデ~スコヴォロジノ

駅  名











所 在 地 接 続 路 線

備  考
ウラン・ウデ駅 5609 ウラン・ウデ ウランバートル駅経由北京方面
(5716~5717km)    ※ここより先ヤクーツク時間(モスクワとの時差6時間)
ペトロフスキー・ザヴォート駅 5752 ※ここからザバイカル鉄道局管轄
ヒロク駅 5902 ヒロク(en)
チタII駅 6166 チタ
ダラスン駅 6232
カルィムスカヤ駅 6262
タルスカヤ駅 6272 満州里経由北京駅方面(旧東清鉄道)
シルカ駅 6413   
プリイスコヴァヤ駅 6458 プリイスコヴイ町(ru)   ※北に約10kmの地点にネルチンスクが所在
クエンガ駅 6494   
チェルヌイシェフスク・ザバイカリスキー駅 6555   
ジロヴォ駅 6638   
クセニエフスカヤ駅 6768   
モゴチャ駅 6876 モゴチャ(en)
アマザル駅 6974   
エロフェイ・パーヴロヴィチ駅 7081   
ウルシャ駅 7179   
スコヴォロジノ駅 7275 スコヴォロジノ(en)     アムール・ヤクーツク鉄道

●:すべての列車が停車  ○:一部の列車が停車 |:通過  

  • 「ロシア号」(1・2列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ウラジオストク間。上記停車駅は2008年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 「ボストーク号」(19・20列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~チタ~満州里(中国)~北京駅(中国)間(全停車駅を掲載)。上記停車駅は外部リンク1.のサイトを参考に作成。

スコヴォロジノ~ハバロフスク

駅  名





7

8

所 在 地 接 続 路 線

備  考
スコヴォロジノ駅 7275 スコヴォロジノ(en)     アムール・ヤクーツク鉄道
マグダガチ駅 7463   
トゥイグダ駅 7528   
シマノフスカヤ駅 7693 シマノフスク(en)  
スヴァボードヌイ駅 7777 スヴォボドヌイ(en)  
ベロゴルスクI駅 7835 ベロゴルスク(en) ブラゴヴェシチェンスク方面
エカテリノスラフカ駅 7914   
ザヴィタヤ駅 7954   
ブレヤ駅 7999 ブレヤ(ru)(ブレヤ川沿岸の町)
アルハラ駅 8050 アルハラ(ru) ※ここより先、極東鉄道局管轄
(8131~8132km) アムール州とハバロフスク地方との境界   ※ここより先ウラジオストク時間(モスクワとの時差7時間)
オブルチエ駅 8160   
ビラ駅 8276   
ビロビジャンI駅 8320 ビロビジャン
(ハバロフスク橋) (8472) ※アムール川渡河
ハバロフスクI駅 8493 ハバロフスク

●:すべての列車が停車  ○:一部の列車が停車 |:通過  

  • 「ロシア号」(1・2列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ウラジオストク駅間。上記停車駅は2008年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 7・8列車 ノヴォシビルスク駅~ウラジオストク駅間。上記停車駅は外部リンク1.のサイトを参考に作成。

ウスリー線(ハバロフスク~ウラジオストク)

駅  名





7

8











所 在 地 接 続 路 線

備  考
ハバロフスクI駅(ru) 8493 ハバロフスク
(ホール川(de)渡河) ※ホール駅の直前 ※ウスリー川支流
ホール駅 8556 ホール (町)(de)
ヴャーゼムスカヤ駅 8621 ヴャーゼムスキー
ビキン駅 8726 ビキン
ルチェゴルスク駅 8773 ルチェゴルスク(en)
グベロヴォ駅 8809 ※ヴォストーク号の旧停車駅
ダリネレチェンスクI駅 8845 ダリネレチェンスク
ルジノ駅(ru) 8902 レソザヴォーツク(en)
スパスク・ダーリニー駅 9019
ムチナヤ駅 9061
シビルツィヴォ駅 9079 シビルツィヴォ(en)
ウスリースク駅 9147 ウスリースク 旧東清鉄道(ハルビン駅・平壌駅方面)
バラノフスキー駅 9169 平壌方面
アムールスキー・ザリーフ駅 ナホトカ支線
ウゴリナヤ駅 9226
ウラジオストク駅 9259 ウラジオストク

●:すべての列車が停車  ○:一部の列車が停車 |:通過  

  • 「ロシア号」(1・2列車) モスクワ(ヤロスラヴリ駅)~ウラジオストク間。上記停車駅は2008年10月現在。参考文献1.を参考に作成。
  • 7・8列車 ノヴォシビルスク駅~ウラジオストク駅間。上記停車駅は外部リンク1.のサイトを参考に作成。
  • 「ヴォストーク号」 ハバロフスク~ウスリースク~ナホトカ(チハトケアンスカヤ駅、#ナホトカ支線)。上記停車駅は2008年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。
  • 「オケアン号」 ハバロフスク~ウラジオストク上記停車駅は2008年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。

支線

トムスク方面への支線

駅  名



所 在 地 備  考
タイガ駅(ru) 0 タイガ (市)
トムスクI駅(ru) 79 トムスク
トムスクII駅(ru) 87 トムスク

※同線の全駅はru:Шаблон:Тайга—Томск—Белый Ярを参照のこと。

ナホトカ支線

駅  名



[1]






所 在 地 備  考
アムールスキー・ザリーフ駅
ウグロヴァヤ駅 82
アエロポルト駅 ウラジオストク空港の最寄駅
スモリャニノヴォ駅 121
ティグロヴイ駅
アニシモフカ駅
パルチザンスク駅 205 パルチザンスク
ナホトカ駅 246 ナホトカ
チハオケアンスカヤ駅 256 ナホトカ 日本語で「太平洋駅」とも呼ばれる[2]

●:停車 |:通過

  • 「ヴォストーク号」 ハバロフスク~ウスリースク~ナホトカ(チハトケアンスカヤ駅、#ナホトカ支線)。上記停車駅は2008年10月現在(全停車駅を掲載)。参考文献1.を参考に作成。

脚注

  1. ^ ウスリースク駅からの距離
  2. ^ チハオケアンスカヤ(・スタンツィヤ)はチーヒイ・オケアン(ru:Тихий океан)の形容詞形で、ロシア語で「太平洋の(駅)」を意味する。

参考文献

1.『地球の歩き方 A 32 シベリア&シベリア鉄道とサハリン』ダイヤモンド・ビッグ社 /ダイヤモンド社

外部リンク

1.シベリア鉄道ガイド



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