ハバロフスク

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ハバロフスク

Хабаровск

ハバロフスクはロシア極東の2大都市の1つです。

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ハバロフスクの地図

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ハバロフスクとは

ハバロフスク
Хабаровск
Khabarovsk church on top of a hill.jpg
ハバロフスクの丘の上
Coat of Arms of Khabarovsk.svg
市章
位置
ロシア内のハバロフスク地方の位置の位置図
ロシア内のハバロフスク地方の位置
座標 : 北緯48度29分 東経135度4分 / 北緯48.483度 東経135.067度 / 48.483; 135.067
歴史
建設 1858年5月31日
行政
ロシアの旗 ロシア
 連邦管区 極東連邦管区
 行政区画 ハバロフスク地方
 市 ハバロフスク
市長 Alexander Sokolov
地理
面積  
  市域 372km2
標高 72m
人口
人口 (2008年現在)
  市域 577,345人
その他
等時帯 ウラジオストク時間 (UTC+10)
夏時間 ウラジオストク夏時間 (UTC+11)
郵便番号 6800XX
市外局番 +7 4212
ナンバープレート 27
公式ウェブサイト : http://www.khabarovskadm.ru/

ハバロフスク(ロシア語:Хабаровск・英語:Khabarovsk・中国語:哈巴罗夫斯克・台湾での中国語表記:伯力(Bólì=清時代の表記))はロシア極東部の都市で、ハバロフスク地方の中心都市で、2002年より極東連邦管区の本部も置かれている。

目次

  • 1 概要
  • 2 気候
  • 3 歴史
  • 4 交通
  • 5 観光地
  • 6 教育
  • 7 日本との関係
  • 8 姉妹都市
  • 9 脚注
  • 10 関連項目
  • 11 外部リンク

概要

左奥から流れるウスリー川と中央奥から流れるアムール川が合流する地点

北緯48度42分、東経135度12分にある。アムール川の右岸中流域に位置し、ウスリー川との合流点のすぐ下流にある。

人口は、2002年に行なわれた国勢調査によると583,072人であった。

地域経済の中心として機械工業や金属工業、木材業が発達している。

行政的にはロシアの極東連邦管区の本部が置かれ、ロシアの最東端地域の行政の中心となっている。同時にハバロフスク地方の州都でもある。 なお、標準時はUTC+10(夏時間はUTC+11)のウラジオストク時間を採用している。

アムール川の岸辺の水浴客とハバロフスクの街並み

首都のモスクワからは遙かに遠く、シベリア鉄道経由で8,523kmの距離、7時間の時差がある。一方、アムール川の対岸にある中国領からは30kmの距離にあり(中国はUTC+8なので、中国との時差は2時間(夏時間の期間中は3時間))、アムール川とウスリー川の合流点にある大ウスリー島(中国名:黒瞎子島)は中ソ国境紛争の重要な係争地となっていた。なお、2004年に国境確定問題は決着し、大ウスリー島がロシアと中国の共同管理に置かれる事で合意したため、ハバロフスクに対する軍事上のリスクはほぼ完全に解消された。次いで2008年には国境線が最終的に確定した。

ハバロフスクはシベリア鉄道の重要な拠点であり、コムソモリスク・ナ・アムーレへ向かうバイカル・アムール鉄道(バム鉄道)の支線の分岐点でもある。また、アムール川やウスリー川の水運にも恵まれるが、これらの川は冬季には長期間凍結する。

気候

  • 真夏の気温:18~32℃(64~90F)
  • 真冬の気温:-18~-32℃(-0~-26F)

冬は零下30℃を下回ることも珍しくなく、時として零下40℃近くにもなる。夏には連日30℃を超えることがあるという、寒暖の差の大きい大陸性気候である。

ハバロフスク (1971 - 2000)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 0.6
(33.1)
6.3
(43.3)
17.0
(62.6)
28.9
(84)
31.6
(88.9)
32.8
(91)
38.3
(100.9)
35.6
(96.1)
28.9
(84)
25.8
(78.4)
15.5
(59.9)
6.6
(43.9)
38.3
(100.9)
平均最高気温 °C (°F) -16.5
(2.3)
-11.3
(11.7)
-1.9
(28.6)
9.7
(49.5)
18.1
(64.6)
23.5
(74.3)
26.6
(79.9)
24.4
(75.9)
18.6
(65.5)
9.7
(49.5)
-3.2
(26.2)
-13.8
(7.2)
7.0
(44.6)
平均最低気温 °C (°F) -24.1
(-11.4)
-20.2
(-4.4)
-11.4
(11.5)
-0.2
(31.6)
6.8
(44.2)
12.9
(55.2)
17.0
(62.6)
15.7
(60.3)
9.2
(48.6)
0.7
(33.3)
-10.8
(12.6)
-20.8
(-5.4)
-2.1
(28.2)
最低気温記録 °C (°F) -38.9
(-38)
-35.1
(-31.2)
-28.9
(-20)
-15.1
(4.8)
-3.1
(26.4)
2.4
(36.3)
7.9
(46.2)
4.8
(40.6)
-3.3
(26.1)
-15.6
(3.9)
-27.4
(-17.3)
-36.7
(-34.1)
-38.9
(-38)
降水量 mm (inches) 15
(0.59)
11
(0.43)
17
(0.67)
43
(1.69)
58
(2.28)
82
(3.23)
144
(5.67)
154
(6.06)
89
(3.5)
51
(2.01)
23
(0.91)
18
(0.71)
705
(27.76)
出典: Pogoda.ru.net[1] 8.09.2007

歴史

エロフェイ・ハバロフの銅像

1858年、アムール川を東進してきたロシア帝国の監視所がアムール川とウスリー川の合流点に建設され、17世紀のロシアの探検家エロフェイ・ハバロフにちなんで「ハバロフカ」と命名された(ハバロフはアムール川探検の際、現在のハバロフスク付近にアチャンスクという要塞を築き植民地化をもくろんだが、清軍などの攻撃により放棄している)。1860年の北京条約により、この町の中心部になるアムール川東岸(右岸)の地域は正式に清からロシアに割譲された。1895年には現在の「ハバロフスク」という名前になった。

その後はロシアの極東進出の拠点となり、1916年にはアムール川を渡る鉄橋(アムール川鉄橋、現在のハバロフスク橋)が完成して、シベリア鉄道の国内線が完成した(それまでは東清鉄道による中国領内のショートカット)。1917年にロシア革命が起こると、極東地域は反革命軍が制圧し、1918年にはシベリア出兵により日本軍がハバロフスクを占領した。その後、1920年に日本軍は撤退して極東共和国が成立し、1922年に日本軍がシベリア出兵を終了すると、ハバロフスクはソビエト政権の支配下に入った。

ハバロフスク橋

ソビエトもロシア帝国と同様にハバロフスクを極東開発の拠点として重視し、機械工業や金属工業などの重工業や、シベリアの豊かな森林資源を利用した木材業などの工業建設を進めた。また、極東では数少ない外国人開放都市と指定され、シベリア鉄道を利用する旅客や貨物の重要な拠点となった。その後、ペレストロイカによりウラジオストクなどが開放されても、経済や行政の中心地としての地位は維持した。

2000年にウラジーミル・プーチン大統領がロシア全土を7地区に分けた連邦管区制を導入すると、ハバロフスクは極東連邦管区の本部が設置され、名実ともに「極東の首都」となった。

交通

ハバロフスクI駅

市の中心部分(旧市街)はウスリー川がアムール川に合流するところの右岸(東側)にあり、市内はバス、路面電車、タクシーなどが利用できる。市街地からアムール川を渡る橋はないが、北西郊外にハバロフスク橋がある。

主要道路にはシベリア横断道路、鉄道にはシベリア横断鉄道(ハバロフスクI駅)、ハバロフスク~コムソモルスク・ナ・アムーレ支線がある。また、アムール川とウスリー川の舟運も利用できる。街の北東郊外にはハバロフスク空港があり、ロシア極東連邦管区の主要空港である。以前はダリアビア航空がここを本拠地としていたがいまはこの航空会社はなく、ハバロフスク~新潟(2010年春から成田も開始)路線などをウラジオストク航空に引き継いでいる。

観光地

東のシベリア鉄道から西のアムール川にまたがる旧市街、郊外、近距離地帯には観光地も多い。 [2] [3]

レーニン広場から見たムラヴィヨフ・アムールスキー通り。旧ドゥーマ(議会)ビルや生神女就寝大聖堂(ウスペンスキー聖堂)などが建つ
ハバロフスク市の旧ドゥーマ(議会)ビル。1907年から1909年にかけて建てられた
極東美術館
ハバロフスク救世主顕栄大聖堂(スパソ・プレオブラジェンスキー聖堂)
旧市街
  • ムラヴィヨフ・アムールスキー通り (Ulitsa Muravyova-Amurskovo、ロシア語: Улица Муравьёва-Амурского) - ハバロフスクを代表する繁華街
  • アムールスキー大通り (Amursky Boulevard) - ハバロフスク駅前からアムール川を見下ろす崖(ウチョース)のある公園まで達する並木通り
  • ディナモ公園 (Dinamo Park)
  • 国立極東博物館 (Far Eastern State Museum)
  • 極東美術館 (Far Eastern Art Museum)
  • スパソ・ブラジェンスキー大聖堂 (Spaso-Preobrazhensky Cathedral)
  • アムール川クルーズ (Amur River Cruises)
郊外
  • 子供鉄道 (Children's Railway)
  • 日本人墓地 (Japanese Cemetery)
近距離地帯
  • シカチ・アリャン村 (Sikachi-Alyan Village) - ナナイ人の村
  • ビロビジャン (Birobidzhan)
  • 中国黒龍江省撫遠 (Fuyuan, Heilongjiang Province, China)

教育

次のような大学がある。 [4] [5]

  • 太平洋国立大学 (英文名はPacific National University、以前のハバロフスク国立理工大学 Khabarovsk State University of Technology)
  • 極東国立人文大学 (Far Eastern State University of Humanities、以前のハバロフスク国立教育学院 Khabarovsk State Pedagogical University) - ロシア・アジア学部での日本語教育が有名 [6] [7]
  • 極東国立医科大学 (Far Eastern State Medical University)
  • ハバロフスク国立経済法律アカデミー (Khabarovsk State Academy of Economics and Law)
  • 極東国立交通大学 (Far Eastern State Transport University)
  • 極東国立公務員大学 (Far Eastern Academy of Government Services)
  • 極東国立体育大学 (Far Eastern State Physical Education University)
  • ハバロフスク国立芸術文化大学 (Khabarovsk State Institute of Arts and Culture)

日本との関係

レーニン広場の風景

1918年から1920年には日本軍がハバロフスクを占領した。一方、第二次世界大戦後のシベリア抑留では多くの日本軍将兵がこの近辺でも強制労働に従事させられ、その中の多くがこの地で没した。現在でも日本人墓地が維持され、近親者などによる墓参が行われている。また、一部の日本人向け観光コースにもここへの墓参が含まれている。

1956年に日ソ国交回復が実現すると、1961年に横浜からナホトカへの定期航路が開設された。ナホトカ港でソ連に入国した外国人旅行者は連絡列車でハバロフスクに向かうように指定された。モスクワや、ヨーロッパ方面など、ハバロフスク以遠を目指す場合でも、ここからは別の列車や航空機に乗り換える必要があった。そのため、ハバロフスクは極東経由でソ連を訪れる旅行者は必ず訪れる町となった。また、1962年には新潟市長がハバロフスクを訪問し、1965年に両市の姉妹都市提携が調印された。同年にはモスクワと共に出羽海親方を団長とした大相撲のソビエト公演が行われた。

1973年には新潟と結ぶ航空路がアエロフロートにより開設された(後に日本航空も運航)。この路線はその後長きにわたり、日本のみならず西側からソビエト極東地方へ向かう唯一の直行航空路線となっていた。同時に、新潟空港にとっても初の国際定期路線であり、同空港が北東アジアの各都市へ路線網を拡大するきっかけともなった。

ソビエト崩壊後もハバロフスクと日本との関係は深く、1993年には日本の総領事館が設置されている。また、1996年にはハバロフスク地方と友好提携関係を結んだ青森県の青森空港からの定期航空路が開設され、夏季に運航されていた。なお、新潟線・青森線共に、ハバロフスクが本社のダリアビア航空が運航していたが、2008年の同航空の破綻に伴い新潟線、2010年より成田国際空港線をウラジオストク航空が継承している。

2004年には、ハバロフスクが本拠地のロシアアイスホッケートップリーグチーム、「アムール」のリザーブチームがゴールデンアムールとしてアイスホッケー・アジアリーグに参加し、日本・韓国・中国の各チームとホームアンドアウェー方式で試合を行っている。

姉妹都市

ウィキメディア・コモンズ
  • 日本の旗 新潟市、日本 1965年
  • アメリカ合衆国の旗 ポートランド、アメリカ合衆国 1988年
  • カナダの旗 ビクトリア、カナダ 1990年
  • 中華人民共和国の旗 ハルビン市 、中華人民共和国 1993年
  • 韓国の旗 富川市、大韓民国 2002年

脚注

  1. ^ Pogoda.ru.net (Russian). May 26, 2009閲覧。
  2. ^ 『地球の歩き方、シベリア』(ダイヤモンド・ビッグ社、2006年)
  3. ^ Lonely Planet: Russia (Lonely Planet Publications, 2009)
  4. ^ ハバロフスク地区の高等教育 (英語)
  5. ^ ハバロフスクの大学 (英語)
  6. ^ http://www.jpf.go.jp/j/japanese/dispatch/voice/touou/russia/2004/report03.html ハバロフスク国立教育大学の日本語教育]
  7. ^ The School of Russian and Asian Studies

関連項目

  • ロシアの声 (ロシアの国際放送。支局が置かれている。)

外部リンク

  • ハバロフスク市オフィシャルサイト (ロシア語と英語)


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